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2012年3月7日水曜日

名古屋の河村市長は間違っている


名古屋の河村市長は間違っている。

虐殺したのは1人であって、その罪は30万人を虐殺ものより小さいか?

そうではない。1人の命は、地球上全ての命と同じに重い。

例えば、あなたの一人娘命が、地球の反対側のブラジルの凶悪犯100人の命にとって奪われるとき、あなたは、絶対に一人娘の命を助けて、凶悪犯100人の命を奪うであろう。

一人の命は100人の命より重い証拠だ。

人間の尊厳について、虐殺した人数は関係ない。



功利主義の考えはある。

100人の命は、1人の命より重い。

これは、例えば、車を運転していてブレーキが利かなくなりました。右にハンドルを切ると10人轢いてしまう。左にハンドルを切ると1人轢いてしまう。

あなたならどうする?

ほとんどの人は左にハンドルを切るでしょう。

功利的な考えだ。

しかし、このような選択を求められることは、人の一生に一回あるかないかだ。

基本的に、人は功利主義で生きてはいけない。

一人の命と100人の命は同じ重さの尊厳があり、いくら虐殺した数が少ないと主張しても、それは人間の尊厳を考えるとき、全く説得力がない。



ある日系アメリカ人と、広島・長崎の原爆について話したことがある。

彼はこう言った。

「広島と長崎の原爆は、戦争を終わらす為に必要だった。」

日本人の血を受け継ぐ者がそう言った。

彼が受けた教育がそうだったのだろう。

私は、心が、怒りと悲しみでいっぱいになった。

私は、広島と長崎の原爆被害の写真を見たこともあるし、原爆資料館に行ったこともある。

ナチスのジェノサイドと同じではないか。

赤ん坊、子供、老人、女性を虐殺して何になるのだ。

そうでもしなくては、勝てなかったのか?

そうではない。

広島と長崎の被害者の数と日本人全員の数を、功利主義的に判断しただけなのだ。

この感情を、中国の方も感じていると思う。



自分が受けた怒りや悲しみを、他の人に与えてはいけない。



しばしば、中国のセールスマンと面談しますが、例えですが、彼らは、納期を聞くと、「3日間」、在庫はと聞くと、「1万個」などと答えます。要は「すぐにご用意できます」「在庫はたくさんあります」という意味だ。たくさんという意味を数字に置き換えて表現するらしい。

これを理解するだけで、かなりの部分の誤解は減るのではないか?

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