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2015年1月16日金曜日

私はシャルリじゃない



フランスの事件。暴力で人を黙らせることは絶対にいけない。しかし、自由・平等・博愛は力で攻撃し守らなくてはいけないものなのか?
確かに、各国の代表者がデモンストレーションの先頭に立ち、力でアピールし守るのが本当の自由・平等・博愛なのだとは最初にチョット思った。しかし何か違和感がある。ジョンレノンやオノヨーコの自由・平等・博愛だって、力で実現するものではないが、それも真実だ。問題の過去からのイラストをインターネットで見たが、私は、誹謗中傷でヘイトスピーチだと思う。冗談や批判、風刺だと思う人も当然多数いると思う。この境目を決めるのは、非常に難しい。それは普遍的なものではなく、個人個人によるものとなってしまう。

下記に、 私はシャルリじゃない パリ・デモ参加の牧村朝子さんの文章をコピーしておきます。


デモに参加する市民。左のプラカードには「私はシャルリ 私はニジェール人」と手書きされていた(牧村さん提供)

 沈痛な空気に覆われたパリの午後、群衆の中に牧村朝子さん(27)は、いた。フランス人女性と同性婚し、パリ近郊で暮らす牧村さんは風刺週刊紙シャルリエブドへのテロを受けて行われたデモに参加した。「『私はシャルリ』を、私は掲げなかった」。その目には何が映り、何を思うのか。

 

 デモに行くつもりはありませんでした。参加したのは義父母に誘われたから。フランスでは今、シャルリエブドの痛みを自分のものとして引き受ける合言葉「私はシャルリ」が広がっています。私はそれに共感できなかった。

 一つには、シャルリエブドの風刺画を面白いと思えなかったから。「こんなに過激なこと描いている俺って自由だぜ」と息巻いているようにしか見えなかった。

 もう一つは、みんながそろって同じスローガンを掲げれば、それに共感できない人やイスラム教徒の人が怖い思いをすると思った。「『私はシャルリ』と口にできない自分はおかしいのでは」と思わせてしまうことにもなる。

 たくさんの「火種」がある街に出るのは怖かった。でも、イスラム教徒のためでも、フランスのためでもなく、暴力で人を黙らせる行為は許せなかった。「怖い」という理由で家にいるのは暴力に屈することだとも思った。怖い場所にあえて出て行くことに意味があり、「私はシャルリ」というプラカードを持たないことが意思表示だと思いました。

 午後3時に始まり、パリ市内を1時間半ほど歩きました。

 行進は、静かでした。

 同性婚が法制化された時は「反対、反対」とスローガンが叫ばれたのに、今回はみんな黙々と歩いていた。

 確かに「私はシャルリ」を掲げる人は多かった。でも、見回せばキリスト教やイスラム教などさまざまな宗教シンボルを掲げる人、追悼の意味を込め花束を持っている人と、思い思いのスタイルで参加していた。追悼デモという性質もあったと思うけど、一人一人の主張は違っていました。

平等とは何か 

 行進の途中、道沿いの家のベランダから5歳と3歳くらいの黒人の女の子2人が「びょうどう!びょうどう!」と叫んでいました。

 参列者から拍手と歓声が湧き、葬式の列のようだった行進にほほ笑ましげな空気が広がりました。

 私はあの行進で「平等」という言葉が出てきたことが大事だと思います。

 事件をめぐっては「表現の自由」か「宗教への冒涜でありヘイトスピーチ(差別扇動憎悪表現)である」という議論になっているけれど、その前に「平等って何だろう」ということを考えた方がいい。

 みんながみんな「表現の自由」を叫べるほど平等な世の中ではないからです。「たかが女の言うこと」「どうせイスラム教徒の言うことだ」と耳を傾けてもらえない人がいます。表現の自由を振りかざせる人と振りかざせない人がいる。日本でもフランスでも、世界中のどこでも。

 フランスに移り住んですぐの2012年夏、忘れられない光景があります。

 バスに乗ると、後部座席の背もたれにマジックで大きく「アラブ・ヴェルミン」と落書きしてありました。家に帰って辞書を引き、ヴェルミンが「虫けら、害虫」という意味だと知りました。

 こんなことを書く人がいて、そのままバスを走らせていることに驚きました。

 北西アフリカ出身の移民をルーツとする人の多くは、低賃金の労働に従事している。法律上は差別がなくても「2級市民」扱いされ、政治家から「クズ」と呼ばれることもある。「移民が俺たちの仕事を奪っている」という偏見から、「出て行け」と迫害を受けることもあります。

 テロの容疑者は死んでしまったので想像でしかないけれど、彼らは「表現の自由」を使える立場にいなかったのではないか。暴力という手段を選ばざるをえなかった立場。もちろん容疑者が社会的弱者であっても暴力が許されないことには変わりありませんが。

 事件を受け、フランス国歌を歌う人、フランス国旗を掲げる人に聞きたい。「フランス人」って誰のことだと思っているのですか、と。フランスは「自由・平等・博愛」を標語に掲げているけれど、「本当に平等は実現されているか」「表現の自由をみんなが享受できる社会なのか」ということを見詰め直すべき時だと思います。

自由に反する 

 行進に向かう途中の駅で目に留まったのは、人混みの中を歩く20代前半くらいの女性でした。

 手にしたプラカードを気に掛けながら一人で階段を上っていました。プラカードは壁側に向けられていましたが、やがて人目につくように持ち替えました。

 「私はムスリム」

 そう書かれていました。

 怖かったと思います。実際、女性は周りを気にしてきょろきょろしていた。事件後はモスクが相次いで襲撃されている現状がある。私だって「私はシャルリ」を掲げないだけで怖さを感じた。

 でも、だからこそ彼女は行進に向かったのでしょう。「テロに抗議する非移民」「モスク襲撃に反対するイスラム教徒」の対立という単純極まりない見方ではなく、「テロに反対する」という一点で人は非ムスリムもムスリムもなく共存できると示すために、です。

 フランスの歴史上、風刺は権力を笑うことで弱い人のためにあり続けました。シャルリエブドも国民から愛されている週刊紙です。

 フランスのメディアの多くは今回のテロを「表現の自由に対する攻撃だ」と主張しています。それを感情的だとは思いません。

 でも、風刺に対する批判に「これは文化なんだ」「表現の自由だ」と主張することで相手を黙らせることは許されません。それこそが自由の精神に反している。批判をつぶすのは他人の自由を奪うこと。「私はシャルリ」と言う自由はある。でも、同意できない人にそう言わせる自由はないと思います。

 「私はアフメド」と主張する人もいる。シャルリエブド本社が襲撃された日、逃走する容疑者に撃たれて殉職したイスラム教徒の警察官の名前です。自分のことを笑いものにした人であっても、相手の表現の自由を守る。これが表現の自由を守るということの本当のあり方だと思います。

 日本の反応をツイッターなどで見ると、シャルリエブドに対して「自業自得」という人もいます。今一番必要なのは「フランス=差別主義者」「イスラム教徒=テロリスト」という単純なレッテル貼りはやめること。フランス国外から見る今のフランスは「私はシャルリ」と叫ぶ人の群れにしか見えないかもしれません。でも、決してそうではない。私自身、私として発言することしかできない。「私はシャルリ」と思わない。でも、暴力には反対している。「私はムスリム」「私はアフメド」「私はシャルリではない」。それぞれに共通していたのは、シャルリエブドに向けられた暴力を支持しないという思いです。

 でも、こういう現実もある。暴力で人を黙らせる行為はすべてテロというべきなのに、モスク襲撃は「テロ」とは呼ばれません。シャルリへの暴力はテロとされ、モスクへの暴力は「襲撃」という言葉が使われています。
 



2014年6月23日月曜日

河野談話の検証について

河野談話の検証について

河野談話の検証を報道等で知りました
妥協の産物だとか事実の裏付けがないことが証明されたとか、韓国に押し切られたものだとか、韓国に言われ放題の原因だとか、国辱ものだとか
いろいろ言う人がいますが
私は、逆に国益を考えた正しい談話を、日本人の意思で発言したという証明だし、
河野さんは人間として正しい発言をしたという証拠になると思う
韓国の方、そんなに抗議することはない
慰安婦になった方は、軍や業者に騙された人や、自ら生活のため志願した人、親が売った人など
一人一人理由は千差万別で、いろいろなケースがあったに違いない(事実調査の資料があるそうですね)

部分的に、強制ではない人もいたでしょうが、全体に目をつむり
それを変に拡大解釈してすべては強制ではないので、日本の軍は関与していないとか、日本に責任はないなどという人は頭がどうかしている
そういっている人たちこそ、過ちを認める勇気のない国辱ものの人たちだ
国益に反する人たちだ
カッコを付けて勇ましいことを言っているようだが、私から見れば日本人としてのプライドや誇りのないフニャフニャな精神の人たちだ
大阪の市長など、子供が叱られた時、「〇〇君もやってたよ」とよく言いますが
発言が幼稚すぎて、卑怯以前のきわめてレベルの低い子供の発言です
私はそのニュースが世界中に発信されると思うと、とても恥ずかしいです

集めた人を軍艦で運び、監禁して
アメリカが攻めてきたら退却する前に穴を掘って殺して埋めた写真などが、ナヌムの家のホームページに掲載されている
それが偽造だと言う人たちには、偽造だと証明し立証してもらいたい
たとえ軍の強制で集めたのではないと仮定してみよう
しかしそれ以上のひどいことをしている

従軍慰安婦の問題はまず日本が本当の勇気をもって行動を起こすべき
この検証結果を再度朝鮮半島の人たちに再度投げてみよう

朝鮮半島の人たち誠意をもって受け止めて欲しい
お互い誹謗中傷するだけではおばあさんたちの魂はさらに苦しむだけだ



2014年3月8日土曜日

雪の日


雪の日

何気なく入った

学生街のスターバックコーヒー

懐かしい5th DimensionのあぶらぎったコーラスのBGM

その追い立てるようなコーラス

C調で織りなすそのコーラス

赤いレコードジャケット

50年前のアメリカの音楽

タイムスリップして

輝いていた時代を思い出し

心が躍る

 

古いテレビの画面を思い出し

白い東京と光の故郷が蘇ってくる

心は躍り

今前を歩いている学生の頃の自分が今舞い降りている

 

外人

コーヒー

語らい

勉強している学生

次はビーチボーイズのGood Vibration

 

雪の中に全ては消え

私はこの店を出る

2013年12月28日土曜日

阿倍さんの靖国参拝

安倍さんの靖国参拝

死んだ人の罪はキャンセルされるという
日本の死生観は理解はできなくもないが
戦争犯罪人加害者と
戦い死んだ被害者が同じに祭られているのは
私は日本人だがそれは理解できない
加害者と被害者は宇宙が終るまで許しあうことはできないと私は思っている
安倍さんのスピーチの内容(不戦の誓いなど)には賛同するが
外国の人には全く理解できないだろう
幾ら粘り強く説明しても100%理解不能に違いない
ヒットラーと兵士が一緒に祭られているキリスト教会など存在しない

安倍さんの自己満足で終わっている

私は靖国神社の近くに住んでいた
中学校と高等学校は靖国神社の隣にあり
毎日、6年間、靖国神社の境内の中を自由に通学していた
同じ通学路にかわいい女学生が通学していて
胸をワクワクさせて通学したものだ
彼女は、毎日、靖国神社の本殿に向かってお辞儀をしていた
親に言われていたのだろうが、違和感はなかった
そんな靖国神社の当時の想い出は
神風特攻隊の少年が死を前に最後に母に捧げた手紙や
人間魚雷の展示品
何と非人間的な魚雷なんだと家族で感慨にふけり
戦争の非人間性を家族で共有した
そんな思い出がある

今の靖国神社
右翼の資金援助を受け
戦争を賛美する展示
右翼団体の軍事訓練
一般の人が参拝するには怖すぎる

右翼、ヤクザ、日本のアウトロー
怖い人だらけで
終戦記念日には、ふつうの人たちが参拝にしり込みする
私の記憶の靖国神社が全く変質している
戦争好きカルト集団の宗教施設となっている

安倍さん
靖国神社はあなたの不戦の誓いをする場所ではもうない

千鳥ヶ淵の戦没者記念墓地ではなぜいけないのだろうか?
小泉や安倍がコソコソ参拝して、日本の不利益を産み、国民を惑わすより
ズッといい
それが、日本人のアイデンティティーやプライドを損ねることは全くない
むしろ、外国に気兼ねなく堂々と参拝できる
一度も戦争で亡くなった兵士に参拝したこともない私だが
千鳥ヶ淵なら、娘を連れて、日本人として、プライドを持って
喜んで、堂々と、自信を持って参拝します

もう一度言います
今の靖国神社は戦争好きカルト集団の宗教施設です

理念政治の時代はとうの昔に終わっていて
政治は今、マーケットビジネスの時代なのだ

2013年8月11日日曜日

朝鮮半島の人たちへ


朝鮮半島の人たちの心の中が少しわかってきた


日本に対する反感や心の傷どころではない 

日本に対するトラウマというべきです 

我々がそれに触れないよう今後共、気遣っていくことが必要だという事がわかってきました

困難ですがそれを理解し、向き合っていきましょう


本当は、東日本大震災のお礼に「カムサムハムニダ」と言うべきところを


逆に心を傷つけてしまう過ちを我々はしている


申し訳ないです

 

従軍慰安婦の問題は

複雑にこんがらがり

政治的な力も加わり

解決には数百年か千年かかると私は思います

 

韓国の一部の人にも

従軍慰安婦の問題について

解決しなくてもよい

永遠に日本に対しての脅しに使う 

おばあさんたちがかわいそう、支援したいという気持ちからスタートしていない

一種のおばあさんに対する差別感が感じられる

初めからボタンをかけ違えている人もいるのでは?

(誤解であれば反論して下さい)

 

まず子供たちの教育から

日本人にとってブラックボックスの19世紀以降の半島の歴史を日本人に学ばせる

日本の学校の歴史の教育では

いきなり日本の植民地化が来る

そこまでの歴史のディテールが欠落している

私も、昨年からの報道を聞いて

初めて朝鮮半島の歴史のディテールが記述された本を読みました

逆に、日本というものがよくわかりました

 

韓国の方へ

日本人も勉強するから

反日教育をやめて

子供たちだけでも相互に歩み寄って欲しい

右翼の人に対して


石原慎太郎 櫻井よしこ 日本を混迷させただけ

民主党が尖閣列島を国有化したら、日本の為に大変すばらしいことをしたと賛辞し、民主党を支持するのが筋だろう

彼らはそれをしなかった

彼は日本の為に尖閣列島を購入しようとしたのではない

自分たちの人気の為にしただけだ

土台、14億円では、あの地権者は足りないのだったに違いない

初めから国狙いだったはずだ

あの2人は、お坊ちゃまお嬢ちゃまだけなのだ

地権者にだまされたのさ

 

石原・櫻井・橋下は所詮政治家でも事実と真実を手と足と頭で追及するジャーナリストでもない

彼らはタダのタレント

偽物です

マスコミも手と足と頭で取材し論理を構築して記事を書いていない

デスクにドップリと浸かり

貧弱な頭で汚い概念を書いているだけ

市場原理について


教育をできる人だけ伸ばして、できない人はほったらかしにするそうだ

市場原理

人間の尊厳にかかわるもの

教育や医療や福祉などに市場原理を導入してメチャクチャにして

本当に市場原理が必要で、それを入れることで素晴らしく改善される電力業界には市場原理を導入しない

いや、導入しようとしても

政治家、役人、経済界、マスコミではできないし能力もない

ロビー活動や賄賂が横行しているに違いない

核エネルギーというとてつもないエネルギーを一度手に入れると

北朝鮮のように2度と手放さないようだ

そんなに金と権力がほしいのか?

愚か、自分自身に核を落とすだけなのに・・・

日本の長期的エネルギー政策は50年遅れる

 

竹中平蔵に代表される市場原理主義者は、ヘイトスピーチをする人と同じ

一つの物差しを絶対化しているだけだ

ただ彼は、学歴が高いだけなのだ

アナクロはやめよう


我々は所詮加害者 

謝罪しても許す許さないは、被害者による

しかも被害者は忘れはしないだろう

いくら謝罪し、金や経済で支援しても、軍事的に脅しても

許す許さないは被害者の心なのだ

ましてや、従軍慰安婦に対し

世界的な女性基金で善意を示しても

そんな曖昧な方法では通用しない

韓国の歴史家が従軍慰安婦に対し体全体で土下座するのを見たことがあるか?

謝罪は体全体で表現するのだ

日本人の文化や美意識とは全く異なるのだ

まして、侵略や従軍慰安婦に軍の関与がなかった、それは必要だったなど

全く世界に通用しない

真珠湾攻撃の日に 香港に日本軍が来た

隠れた男の子

幼い妹が泣くので、心を鬼にして妹を殺した男の子

(私は真珠湾攻撃の日に、香港を攻めたという歴史は、学校で習ったことはない)

その人に1兆回謝罪しても、地球のすべての金の1兆倍差し上げても許してはくれない

 

我々は強要をできない

しかも戦争に負けている

世の中は勝てば官軍

額についた加害者のマークはどんなことがあっても消え去ることはない

軍事的、政治的イニシャティブは世界が持たせてはくれないのだ

 

広島、長崎の原爆 

アメリカが戦争を終わらすために必要だったと教科書に書いたり

アメリカ人が言った時の我々の心の傷を忘れるな

オバマが謝罪するまで、戦後100年かかるはずだ
 
他者に対して、そんな心を傷つけることは言ってはいけない

 

侵略は全世界がやって来たことだから

自然の人間だから 動物だから

侵略は正当だという論理はありえない

人が侵略を認め謝罪しないのは、お互いに侵略をしたり侵略をされたりしているからである

理念として正しい正しくないのではなく

ただ単にお互い様という妥協の産物なのだ

その考え方を正しいとは私は全く思わない

 

過ちを認めることは、自虐?

いやまったく違う

それは勇気と言うのだ

 

しかし、戦後70年の繁栄と栄光があったではないか

それにもっと自信を持て

戦後の、平和憲法での輝ける70年の歴史

 

私は憲法9条に自衛の為の軍を有すと書き加えることだけでいいと思っている

大震災であんなに活躍した自衛隊にちゃんとした法的位置づけを決めるべき

中国との軍事バランスをとるべき

(麻生の発言で、自民党は国民を騙すつもりであったと知ってからは反対の意見になった)

 

他に地球環境問題に関する権利ないし義務

脱原発などの、国の重要事項を決定する国民投票権

天皇の象徴性を廃止し、個人の自由による天皇の定義など

まだまだ憲法改正の要素はある

 

憲法がアメリカからもらったお仕着せと阿倍が言うなら

これも何十年も前の考え方

この70年やってきたことを否定することになる

まさに自虐的歴史観だ

彼の歴史認識は古すぎる

我々はアナクロで昔に戻ることではない

後ろ向きすぎる

過去をほじくったアイデンティティーよりも、新しいアイデンティティーを創造しよう

 

まったく新しい心の価値観を若い人たちに創造してもらおう

誰も見たことのないすばらしいものを

でもその構築力が今の若い人に皆無

少しは怒りを感じろ

多様な価値観を持たなくなった日本


日本 多様な価値観を認めない国

物事を多面的に見られない人たち

ヘイトスピーチしている人
 
煽動している夕刊紙や週刊誌

国家や軍事力という空箱しかない国

中身のない国

アジアからもアメリカからも見放された、北朝鮮のような国になる

いっそ再稼働する原発核兵器でも持つ?

2013年6月11日火曜日

夏の終わりの日


あなたと歩いた

夕暮れの道

学校の前を通ると

明星が心に焼き付き

この宇宙の物語を聞きに行く

影は長く

あれからこんなに時間がたったのに

あなたの厚い胸が忘れられない

 

手をつないだ少女と

夏の終わりを告げる太陽に向かって歩いている

 

あなたの見慣れた

深い皺の顔見るとき

どんなにあれから時間がたったのかと

物語のついでに

指折り数えていく

 

いつか大事な人が

ここにいなくなったとしても

あの夏の終わりの日々は

永遠にそこにとどまっているだろう

2013年6月9日日曜日

ボルネオのサラワク州の熱帯雨林の伐採による環境破壊と先住民の社会的迫害

昨日
市ヶ谷のJICAで行われた
ボルネオのサラワク州の熱帯雨林の伐採による環境破壊と先住民の社会的迫害について実際の先住民の方によるレクチャーを聞きに行きました
先住民の方の意見は生まれて初めて生で聞きました
ちゃんとした英語でスピーチされ
先住民の方の知的レベルの高さと教育程度の高さ
環境意識の高さに大変驚き
肌で熱帯雨林の破壊について触れることが出来ました

日本国内の森林は荒れていて
木材利用促進法の制定もあり
建築デザインに国産材や県産材を使うことが大変増えました
また、海外の木材利用にあたっては
FSCなど認証森林材をできるだけ使うようにもなりました
怪しい木材材料は、値段が極端に安く
すぐに怪しいとわかりますし
デザイナーはそのような木材は使いません

しかし日本の山の森林は急峻で狭く伐採や運搬に費用が掛かり
海外の認証森林材にはコスト面で競争になりません
TPPなどグローバル経済になり
国産材、県産材利用が続くかどうか大変懸念しています
地産地消の危機です

市場原理がすべての原理だと私は思っていません
コングロマリットをもうけさせるのみです

熱帯雨林の伐採は
社会的、経済的、政治的問題を多く含み
人間の基本的人権の問題でもあります

日本でもほとんどなくなった、白川郷のような人工林と自然林と集落の調和した
コンバインされた環境に
工業もコンバインした姿が具体的なサラワクの理想の絵姿でしょうが
なかなか難しそうです

サラワクの木材輸出量のほとんどが日本向けです
特にプライウッドがメインですので
コンクリート型枠のありかたについて
日本のデザイナーは知恵を絞らなければいけないと思いました

最後に、女性の方のスピーチで
「森は全てが揃うスーパーマーケットなのだ!!」と言った言葉がとても印象に残りました

また、JICAの展示コーナーやパンフレットを見ましたが
もう、今の中国がやっているような、箱物の援助は主流ではないのですね!!
どうりで、わが社にODAの箱物の設計の仕事がないわけです
人間の知識や能力、ソフトパワーの援助が主流になっています
確かに、先住民の方の高い知的レベルと高い教育程度の社会ですと
そのような援助になると思います
それに環境配慮を含めた援助をすべきです
排出権取引だけではない、もっと環境や人権に配慮した実質的なビジネスが求められています
箱物やインフラの援助のような短期間にワッと儲けるのではなく
儲けや見返りは少ないが
細く長く、持続可能な援助や支援、ビジネスが求められているのが分かりました
そういうビジネスが最後には勝利するでしょう

2013年5月31日金曜日

夕刊紙や週刊誌は2度と買わない!!

毎日通勤で
駅の
夕刊紙のタイトルや週刊誌のタイトルを見るが
何これ!!
戦争中の大本営発表じゃん!!
取材なんかしていない!!
腐った観念を垂れ流しているだけ!!
ずいぶんと退行したもんだ!!

夕刊紙や週刊誌は2度と買わない!!

2013年5月29日水曜日

自分こそ戦後70年間の歴史を否定する自虐的歴史感の持ち主だ!!

安倍さんに代表される人々

憲法や戦後の日本はアメリカの強制なんだって!!

憲法や戦後の日本を礼賛し、自信を持つことは自虐的な歴史感なんだって!!

過ちを反省し、自らを改善したことは、自虐的なんだって!!

自分こそ戦後70年間の歴史を否定する

自虐的歴史感の持ち主だ!!

2013年5月25日土曜日

人の憎しみをしきりにかりたててばかりいる


とにかく

右翼の人たち

マスコミの人たち

一部政治家の人たち

 

人の愛情をかりたてるのではなく

人の憎しみをしきりにかりたててばかりいる

人の不安を煽り立て

人を脅しているばかりする

 

ワイマール共和国で

合法で

民主主義で

選挙で

選ばれたナチスやヒットラー

 

彼らみたいなものを

生み出そうとしている

 

その意図は何何だ?

 

憎しみが生み出し向かう社会は破滅のみ

 

わからない

2013年5月23日木曜日

韓国の中央日報が、広島、長崎の原爆犠牲者は天罰が下ったのだと書いた

韓国の中央日報が、広島、長崎の原爆犠牲者は天罰が下ったのだと書いた
怒りと悲しみで心が満ちたが
従軍慰安婦や日本の戦争責任や歴史認識について日本のしかるべき政治家の発言を韓国の人が聞くと、同じ気持ちになるのだろうと思った

当たり前の話だが、人の心を傷つけてはいけない
人間だから、人の心を傷つけます
その時は勇気をもって謝罪するのです

このまま傷つけ合い、戦争になっても
それは、国家間の戦争ではなく
一種の宗教戦争になるだろう

歴史から見ると
宗教戦争、例えば十字軍
ヨーロッパにアラブの科学をもたらしたが
何の結論も進展もない徒労の戦争

フランスのカソリックとプロテスタントの
100年続いたユグノー戦争
何の結論も進展もない徒労の戦争

現在イラクである
シーア派とスンニ派の戦争
何の結論も進展もない徒労の戦争

宗教戦争は結論のない不毛の戦争だ

そんな戦争が好きな人はどうぞして下さい
わたしはマッピラごめんだ

日本人と朝鮮人の共通点がある
皆が思っていることは正しいと思うことだ
皆が思っていることが絶対的に正しいわけがない

自分の目と、手足と、頭脳で何が正しいかを
自分で確立しなくては

日本人:本当に戦争責任がなく、従軍慰安婦は必要だったとお思いですか?
韓国人:本当に広島、長崎の原爆被害者は天罰が下ったとお思いですが?

胸に手を当てて、心の一番奥のものに触れてみて下さい

決してそうではないはずです

皆が侵略戦争をしたことがある
白人は侵略戦争をアジアでして
それに対して謝罪したこともない

だから、日本は侵略してもよいのだ
正当だ
という一部人間の論理?は
中学生並みの
自立していない幼稚な人間の言うことだ

皆がしていることが正しいと思うことなかれ
それはほとんど間違っていることが多い




2013年5月8日水曜日

憲法改正?

憲法改正?
何をどうかえるの?
それなしに改正の話が進んでいる
おかしい

私は憲法9条は、防衛の為の軍隊を有すと付け加えるだけでいいと思っている
戦争放棄の名文は残すべき
自衛隊はどこから見ても軍隊です
大震災で大活躍した自衛隊に法的な位置づけをすべきだと思っています
そして改正すべきと思っていました
名称も物騒な名称ではなく自衛隊のままでいいです
要は内容が大事です

小学校の時
初めて憲法9条に触れた時
何て素晴らしい文章なのだろうと感激しました
作った人は誰かは知らないが
人間の祈りが込められている
私自身や、日本人の戦後の心のよりどころ
コンセプト、精神的支柱です
ベトナム戦争の画像をテレビで見て育った私は
日本はアメリカとは違うんだと
立派な国なんだと
子供ながら誇らしげに思っていました

戦後70年の日本の素晴らしい、輝ける歴史を見て下さい
アジア周辺諸国の方になぜもっとそれを堂々と正当化して
主張しないのでしょうか?
その栄光の70年の歴史を否定して改憲するというのは
私にはまったくわからない
否定する対象を間違えている

初めてヨーロッパを旅行した時
コンパートメントで同席した人から
なぜ日本は軍隊がないのにそんなに強いんだ
とよく聞かれました
私は、いや自衛隊という軍隊がありアメリカの核の傘に守られているからだ
と答えましたが
先方は、必ずそうではないだろうと切り替えしてきます
その時私は、日本の経済力か・・・いや違う
やはり憲法9条なのだと直感しました

靖国に代表される
戦前の亡霊になぜ戻り
それが正しくて素晴らしいものなのでしょうか?
全く間違っている
そんな心構えと考え方では
日本は過ちを絶対に繰り返す

安倍首相の歴史感や最近の言動
自民党の策略を聞くに及び
時代遅れのアナクロニズムなんだとわかりました

安倍首相はそう思っていないかもしれないが
こんなに戦前の亡霊を引きずる人たちが多いのでは
私は現時点の改憲には全面的に反対です
そういう人たちが死に絶えたときに
私は賛成します

最近の右翼の言動も度が過ぎていて
ヘイトスピーチする人もたくさんいます
心の壊れた人たちです

それに憲法も他に改正するところがあるのではないでしょうか?
憲法1条:天皇は日本の象徴
これぞ正真正銘の戦後レジーム
私にとっては天皇はプライドです
もう実態としては個人個人の定義にまかせていいのではないでしょうか?
個人の自由という定義ではいかがでしょうか?
またファシズムの象徴になる?
皇室は実態としては、もう芸能人です

地球環境に対する国民の権利ないし義務も明記してもよいのではないですか?

原発の是非もドイツやイタリアのように重大な選択を国民投票で決めるシステムも必要だと思います

実際、原発に賛成している人など私の周りには一人もいません
ドイツやイタリアの民主主義が羨ましいです

日本の最大の安全保障のネック
資源とエネルギー
それから初めたらいいと思う
憲法改正という
とにかく後ろ向きのつじつま合わせの政策ではなく
日本の根本的な未来を見据えた
具体的な未来のコンセプトを語ってくれ

自然エネルギーやエネルギーの自給自足の工程表を創り
脱原発など日本の国家と民族の安全保障を確立して欲しい

第3の道をクリエイトするのだ



2013年5月7日火曜日

千葉県佐原市に行きました

ゴールデンウィークに千葉県佐原市の古い町並みを楽しみました。
町並みだけでなく、祭りの山車や伊能忠敬の博物館なども興味深かったです。
昼食はイタメシで、結構値段の割にはおいしかったです。
帰りに成田空港に行き、展望デッキで飛行機の着陸を見て帰りました。
成田はやはり遠いです。




2013年5月1日水曜日

皆で歌を歌おう

勇気がなかったら
皆で歌を歌おう
大きく息をついて
皆で歌を歌おう

はるか昔の
芝生の山の上
私たちはここに来た
両手を広げて
冷たい風を受けながら

白い砂浜の松林を想い出しながら

雲は下に
山は上に

風に吹かれながら
皆で歌を歌おう

勇気がなかったら
皆で歌を歌おう

私は顔を上げて
今、涙を流している

でも、空はこんなに青い

脅されて
騙されて
嘘をつかれて

心が痛いときは
皆で歌を歌おう

決してくじけることのなく
前に進んで行こう

心の底から
体の底から
声を出して
歌を歌おう

そうすれば私たちに
怖いものはない
勇気を出して
歌を歌おう

はるか大きな力にくじけずに
皆で歌を歌おう

2013年4月23日火曜日

人を脅し、騙し、嘘をつく

核ミサイルでお騒がせしている北朝鮮
ムムッ 誰かに似ている
そうだ、東京電力や日本の電力会社、電事連、原子力村だ
核エネルギーという偉大なエネルギーを持つ人たちだ
人は巨大な力や権力を得ると同じになる

人を脅し、騙し、嘘をつく
裏でコソコソ下らない工作をする

中学生みたいになる

日本の原子力というのは
政府や官庁、国民ですらコントロール出来ない

電力会社、電事連、原子力村という核の平和利用の民間人が北朝鮮と同じように核エネルギーという巨大な権力と金をいまだ持っている

しかし、そんな権力と金でも地球の営みには勝てない

日本の未来はそんな中学生との戦いをなしには成立しない

2013年4月22日月曜日

最近よく耳にするヘイトスピーチ

最近よく耳にするヘイトスピーチ
少し勉強すると、4つの対応方法がこの世界にはある

1.ヨーロッパ諸国では、法律である程度拘束している。
2.法律で規制しているが、権力者や政府、多数派の政治勢力などの都合の良い道具となっている。開発途上国に多い。
3.アメリカでは、言論の自由が優先し、個人の自発的考え方に重きを置き、法規制よりも教育を重視する考え。
4.東洋の国々。何の規制、教育、手だてがない。

日本はどうする。

ヘイトスピーチや他人をけなし他人のプライドを傷つけて、平気な人は、自分で行動したり発言して自分の周りを変えて生きていこうとすることをしない。
常に誰かが変えてくれる、何も変えたくないという生き方をしている人が多い。
能動的でない人が多い。

60年生きた経験からは、このように思います。